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しょうじにメアリー

メアリーはアンダーソン家に新しく派遣されたメイド

なぜ彼女が派遣されたかというと

前任者のミミアリーがアンダーソン家を去ったからだ




ミミアリーはアンダーソン家で五年以上も働いていた

常に絶えることのない笑顔と

東洋人の様な長い黒髪が魅力的な彼女は

アンダーソン家の家族にも大変信頼されていた

そのメアリーが突然に、なんの連絡もなくいなくなったのである

昨晩遅くにアンダーソン夫人から

代わりのメイドをよこすよう連絡が入った




メアリーは朝一番でアンダーソン家を訪ねると

「今日からお願いするわ」とすぐに仕事につくよう言われた

こんなことはめずらしい

通常なら派遣先で面談して採用かどうかの連絡を待つのだが

どうやら私の派遣元は信頼されているようだ




アンダーソン家は旧家のそれがそうであるように

いくつものホール、キッチン、居間にベッドルームと

掃除一つするにも一日の大半を費やす程の豪邸だった

それでも半月もすると

前任者の倍の早さでそれらを終わらせる程になっていた

メアリーは有能だった

機転もきいた

今では家のものが何を望んでいるか顔を見るだけで理解した

アンダーソン夫人も大層メアリーを気に入っていた

子供達もよくなついている

ペットのジョンも尻尾をこれでもかと振って寄り添ってくる

コックを始め出入りの職人達ともうまくつきあえている




しかしこの家の主人だけは、相変わらずよそよそしかった

何をしても「あ、ああ」と言うだけであった

自分の部屋の掃除はおろか、入ることすら許してもらえない

夕食の時間に呼びに行っても返事をするだけで

決してドアを開けようとしない

メアリーもこの主人だけは苦手であった




あるとき、主人に夜のお茶を持って行くことがあった

いつもならノックをしてドアの外からお茶を持ってきたことを告げると

「あ、ああ」

と中から返事だけが聞こえるので

そのままドアの横にお茶をおいてしたへ降りるのだが

その日は返事がない

もう一度同じことを繰り返したがやはり返事がない




「居ないのかしら?」

メアリーはお茶を持って戻ろうとした

が、その刹那

メアリーの意思とは無関係にメアリーの手は部屋のノブを捻っていたのだ

まるで何かに呼び寄せられるかのように

恐る恐るドアを開ける




中の様子が少しずつ目に入ってくる

初めて目の当たりにする部屋の中は

整然としている

部屋の雰囲気は往時上流家庭で流行ったジャポニズム(日本趣味)に統一されていた

窓にはすべて障子がはめられ

障子の白さが部屋を明るく感じさせ

天井は細い竹のようなもので編んである

床の一部には畳が敷かれている

「これは日本のものかしら?」

あまり日本に縁のないメアリーは

なんとなくそう感じていた

壁は土を塗ったような感じだ

繊維のようなものが所々見て取れる

残念ながらメアリーにはそれが日本の土壁だということまでは理解できなかった

メアリーは壁から出る繊維が気になった

麻のようなものもあるがその中に黒い繊維が混じっている

所々に、いやどちらかというと壁一面にまんべんなくちりばめられたその黒は

艶やかな光沢を放ち、例えるなら

そう、まるで人間の髪の毛のようであった




どのくらいの時間だろうか、その光沢に魂を奪われたかのように

見入っていたメアリーの頭の中にある思いがフッとよぎった

が、その思いを打ち消すかのように仕事に戻ろうとドアの方を振り返った

その瞬間、目の前にこの部屋の主が生気の無い目をして立っていた

「ヒッ!」

メアリーは声にならない悲鳴をあげた

主人がフッと呟いた

「君も見てしまったんだね・・・」



翌朝、障子越しに朝日の差し込んだその部屋は、部屋全体が紅く染まっていた

そして、メイド派遣会社に新しいメイドをよこすよう連絡がはいった





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23:25 | 非日常の徒然 | comments (2) | trackbacks (1) | edit | page top↑